~story~
~character~
エディ
ヴァイス
エンシェントウルフ
~3巻発売記念書き下ろしSS~
『つまみ食い攻防戦』
パーティ会場のすぐ裏手にある厨房は、まさに戦場のような活気に包まれていた。
大勢の招待客に振る舞うため、ロブジョンさん率いる料理人たちが前菜の盛り付けやスープの仕上げに追われている。
バターと香草が焦げる香ばしい匂いと、煮込まれた肉の濃厚な香りを含んだ湯気が混じり合い、呼吸するだけで満腹になりそうなほど濃密な空気が漂っていた。そんな魅惑の空間で、理性崩壊寸前の白い影が一つ。
『……エディよ。ここか? ここにあやつがいるのか?』
「ちょっと、静かにしてよヴァイス。見つかったら怒られるというか、みんなの邪魔だよ」
僕は厨房の裏口にある搬入スペースで、鼻息を荒くするヴァイスの首元にしがみつき、必死に抑えていた。ヴァイスの視線が釘付けになっているのは、メグ姉の精霊魔法で保冷された巨大な木箱だ。その中には、本日のメインイベントで披露する予定の巨大魚、フォーントゥナーが丸ごと一匹眠っている。
『間違いない。昨日湖で感じた、あの極上の獲物の気配だ……! しかも、程よく熟成され、今まさに食べ頃を迎えている匂いがするぞ!』
さすが食いしん坊、箱に入っていても中身の状態が分かるらしい。
『我慢ならん。一口……いや、尾びれの根本だけでも味見させろ!』
言うが早いか、ヴァイスが飛びかかろうとする。
「ダメだって! これは今日のお披露目で僕がカットするんだから! 傷一つつけちゃいけないの! それにまだ生だよ!」
僕は慌てて体重をかけ、ヴァイスの突進を止めようとするが、食いしん坊の膂力には敵わない。ズルズルと引きずられ、木箱までの距離が縮まっていく。
「ウルス! 手伝って!」
「合点承知!」
飛び出したウルスが、ヴァイスの鼻先に立ちはだかった。
「ヴァイス様! あきまへん! ここで盗み食いしたら、エドワードはんの顔に泥を塗ることになります! それに、そんなデカい魚、生で齧り付いても美味しくないですって!」
『退け、ウルス! 貴様には分からん! この魚は魔力を含んでいて、そのままでも絶品なような気がするのだ! それにエディは、新鮮な魚は生でもいけると旅の中で言っておった!』
「うわっ、マジですか? ……ほんまや、よう見たら美味そうなオーラ出てますな。ほな、ちょっとだけなら……」
「ウルスまでそっち側に行かないで!」
僕はとっさに粘着糸を放ち、二人まとめて床に固定した。ビタンッ! 足止めを食らって、ヴァイスとウルスがその場でつんのめる。
『ぬおお! エディ、糸を使うとは卑怯だぞ!』
「卑怯なのはそっちだよ。……はぁ」
僕はため息をつき、暴れるヴァイスの鼻先に人差し指を突きつけた。
「いい? ヴァイス。あれは会場で僕が捌いて、ロブジョンさんが鉄板で焼いてくれるんだ。醤油ベースの特製ソースをかけて、一番美味しい状態で食べるために準備してるんだよ」
『む……焼くのか? あのタレで?』
「そう。今ここで生魚を齧るのと、香ばしく焼き上げてタレが絡んだアツアツのステーキを食べるの、どっちがいい?」
ヴァイスはピタリと動きを止め、真剣な眼差しで虚空を見つめた。生の魅力と、調理後の魅力。究極の二択を迫られているらしい。
「それにね、おとなしく待てたら、特別にカマの部分をあげるよ」
『……カマ?』
「エラの後ろにある、一番脂が乗っててジューシーな希少部位さ。一匹から二つしか取れない、フォーントゥナーの中で一番美味しいところだよ」
ゴクリ、とヴァイスが喉を鳴らした。
「ここでつまみ食いしたら、カマはあげない。普通の赤身だけ。でも、おとなしく待てたら、カマを一番大きいサイズで焼いてあげる。どうする?」
数秒の沈黙の後、ヴァイスはスッとその場にお座りをした。
『……待とうではないか』
「分かってくれて嬉しいよ」
『だがエディよ、約束だぞ? 一番美味いところだぞ? ウルスにはやらんぞ?』
「ずるい! ワイも手伝いましたやん!」
「はいはい、そもそもウルスは食べられないでしょうが。……よし、交渉成立だね」
こうして、ギリギリのところでフォーントゥナーは守られたのだった。
~2巻発売記念書き下ろしSS~
『母様のためのポトフ』
お母さんと再会し、バーランスの町にあるヴァルハーレン家の大きな屋敷に到着した。
「エディ……大きくなったのね」
優しく微笑みながら、お母さんが僕を抱きしめる。その腕は思ったよりも細く、わずかに震えていた。
「お母さん……」
言いかけた瞬間、すぐ隣にいた侍女のコレットさんが、そっと微笑みながら口を開いた。
「エディ様、『母様』とお呼びくださいませ」
「あ……」
そうだった。バーランスまでの道中、コレットさんに「お母さん」ではなく「母様」と呼ぶように言われていたのだった。母様は「どちらでもいい」と言っていたが、大公家の立場上、両親が侮られる可能性があると聞けば、変えるしかないだろう。
「……母様」
改めて呼びなおすと、母様は微笑んだ。けれど、その瞳には涙が滲んでいる。
「エドワード、ありがとう……あなたが無事で、本当に良かったわ」
言葉の最後が震えたのを、僕は聞き逃さなかった。
◆
夕食の席で、母様は旅の疲れもあってか、食事があまり進まないようだった。行方不明だった僕を心配してやせ細ってしまっているのに、これではさらに体調を崩してしまいそうだ。
「……少し休んでくださいね、母様」
「ええ、そうさせてもらうわ」
母様がメリッサさんと共に部屋へ戻るのを見届けると、僕はコレットさんに尋ねた。
「ねえ、母様の体に優しい食事を作りたいんだけど、食材はあるかな?」
「エドワード様がお作りになるのですか?」
「ダメかな?」
「本来はお止めするところですが……エドワード様がお作りになられた料理なら、ソフィア様も召し上がるかもしれませんね。とりあえず、食材を確認してみますか?」
「お願いします」
コレットさんと一緒に調理場へ向かい、事情を説明して食材を見せてもらう。鶏肉っぽい肉に、じゃがいも、ニンジン、玉ねぎなどが揃っている。そういえば、旅の途中で見つけたクローブがあったのを思い出した。
クローブは胃に優しく、体を温める効果もあるスパイスだ。これを使えば、母様の体に負担をかけず、美味しくて栄養のある料理が作れるかもしれない。
体も温まるし、胃にも優しいポトフを作ろうと思う。しかし、残念ながらコンソメがないので、王都でアキラさんたちに作った時のように、和風出汁で代用してみることにした。
◆
早速、料理の準備を始めると、メリッサさんもやってきた。
「エディ様が料理なさるのですか!? ソフィア様のためなら、私もお手伝いします!」
「メリッサ、あなたはソフィア様から『ナイフを持つな』と言われているのを忘れたの? ここは私が手伝いましょう」
メリッサさんは、何をやらかしたのだろうか?
「ありがとう。それでは、野菜の皮を剥いてもらえるかな? 僕は出汁を取るよ」
「承知いたしました」
鍋に水を入れ、昆布と鶏肉を加えて火にかける。じっくり煮込めば、鶏の旨味がしっかりと出るはずだ。煮立つ前に昆布を取り出し、そこにクローブを加える。
「おお……いい香り」
クローブのスパイシーで甘い香りが立ちのぼる。これなら、母様の食欲を刺激できるかもしれない。
皮を剥いてもらった野菜を一口大に切り、鶏肉とともに鍋に入れる。じっくりと火を通して、柔らかく煮込んでいく。
「エディ様、とても美味しそうですね!」
「確かに、食欲をそそる香りです。見るからに美味しそうですね」
匂いはメリッサさんとコレットさんからも好評だな。
「最後の仕上げをするね」
いい具合に煮込まれたところで、味を整えるために少し塩を加える。ポトフはシンプルだけど、素材の味がしっかり引き立つ料理だ。
『完成したか! ワレが味見しよう!』
ヴァイスはともかく、メリッサさん……涎はやめたほうがいいと思います。
「みんなに味見してもらおう」
『これは美味い! 無限に飲めそうだ!』
「初めて味わう複雑な風味ですが、とても美味しいです。体が温まるので、ソフィア様にもピッタリなのではないでしょうか?」
「これなら、飲んでもらえるかな?」
「ごれならぜっだい飲みまずぅ」
メリッサさんが涙と鼻水を流しながら飲んでいるのを見て、母様にもきっと飲んでもらえるだろうと思ったのだった。
◆
次の日、食卓にポトフを運ぶと、母様は嬉しそうに目を細めた。
「これをエディが作ってくれたの?」
「はい、母様のために作りました」
母様はそっとスプーンを手に取り、ポトフを口に運ぶ。
「……美味しいわ」
そう言うと、出されたポトフをゆっくりと完食したのだった。
母様が嬉しそうに食べてくれるのを見ると、それだけで作った甲斐があったと感じる。
「……ん? メリッサさん?」
ふと横を見ると、メリッサさんから涎が……さすがにリアルで涎を垂らす女性は怖い。
「あら、メリッサ。それじゃあ婚期が遅れるわよ?」
「ソフィア様! 昨日、少し味見しただけで止まらないのです! エドワード様、変なもの入れてないですよね?」
「少し味見って……メリッサさん、コレットさんに止められるまで、おかわり二回も食べたの忘れたの!?」
「エドワード様! それは内緒にして下さいって言ったじゃないですか――!」
メリッサさんの叫び声が、響き渡ったのだった。
~既刊一覧~
-
糸の可能性は無限大!?
七歳となり迎えた“祝福の儀”にて激しい頭痛に襲われ意識を失ったエディ。目が覚めたエディは自身が転生者であること、そして授かったスキルが【糸】であることを知るのだった。前代未聞のスキルのためパーティーから追放され、冒険者ギルドにも登録を断られたエディは、独り商人の道を目指し旅に出ることに。スキルを磨きながら進む旅の最中、エンシェントウルフとの出会いがエディの出自の謎を紐解いていき……。 前世の知識を活用して『糸』の解釈を広げることでスキルの可能性も無限大!? スキル【糸】を授かった少年が紡ぐ成長冒険譚、開幕!
- 発売日 :
- サイズ : B6判
- 定価 : 1,485円(本体1,350円+税)
- ISBN : 9784047378162
-
糸が導く家族との再会!
王都ヘイレムに到着したエディとヴァイス。商店街を物色していたエディはとある露店に日本人の容姿をした男性がいることに気づく。なんとその男性・アキラが販売していたのは味噌と醤油だった! なかなか買い手が現れず商売に苦労していたというアキラ。味噌と醤油の安定供給がほしいエディは、アキラとアキラの娘・ツムギをモイライ商会で雇うことに。味噌と醤油に新しい従業員も迎えたエディは、かねてからの目的地ヴァルハーレン領へと向かう。到着早々統率の取れた強そうな軍隊を見かけ、自分の血縁者がいるかもと岩陰から軍隊を覗き見るエディ。と、そのときエディの名を呼ぶ女性が現れ――。
スキル【糸】を授かった少年が家族との再会を果たす、第2弾!- 発売日 :
- サイズ : B6判
- 定価 : 1,650円(本体1,500円+税)
- ISBN : 9784047383159


